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last updated 1997/06/09

第25話(全130話)

ピート、森の外へ出る(1/2)




5 ピート、森の外へ出る

 ピートは頭がフラフラしてきていた。
 足がもつれ、ヨタヨタとしてくる。
 妖精たちを追いかけようとしても、思った方向へ進むことが出来ず、立ち並ぶ木の幹にドカ
ンとぶつかってしまう。そのまま仰向けに倒れ、ピートはもうそれきり起き上がることが出来
なくなってしまった。
 目が回っていた。けれど不安も恐れもどこかへ消え去り、心が急に広く穏やかになっていた
。 どうでもいいや。
 ピートは胸の中でそう言った。
 どうでもいいや。
 そう呟くと、何だか急に気分が楽になった。ヘンテコな鎧に包まれていることも、どことも
知れない森に迷い込んでしまったことも、妖精と追いかけっこをしてることも、すべてが楽し
い夢のように思えてきた。
 そうさ。ぼくは夢を見てるだけだよ。心配なんかしなくていいんだ。ぼくは夢の中。どんな
ヘンテコなことだって、だからそれはむしろ当たり前。理路整然と筋の通った夢なんかあるわ
けないもん。
 ピートは笑い出した。夢の中で妖精と戯れている自分がひどく滑稽で面白いと感じた。一度
笑ってしまうと、心をしばっていた不安は消え去り、大らかな気分が彼を包み込んだ。ピート
は歌を唄いはじめた。自分でも覚えているなんて思いもしなかった大人の歌だった。港で漁か
ら戻った漁師たちが、ワインを回し飲みしながら唄っていた歌だ。

 遠い海の その彼方
 おいらは見たのさ そのべっぴんさんを
 アフロディーテと、そのコは名乗った

 遠い海の その彼方
 アフロディーテ と仲良くなって
 おいらは海の女神に 恋をした
 おお アフロディーテ
 その濡れた長い髪
 おお アフロディーテ
 キスしておくれ もう一度

 唄い、笑い、ピートはひっくり返ったまま同じ歌を何度も繰り返し唄った。
 面白くて仕方なかった。心の底から楽しかった。ヘンテコな動物たちが何事だろうと周りに
集まってくる。そのヘンテコな姿を見ても、ピートはもう驚かない。すべて夢なんだと思って
いるから、どんなにヘンテコなものでも大らかに受け入れることができた。
 何だかぼく、酔っ払ってるみたい。
 ピートはそう思った。みたい、ではなく事実彼は酔っ払っていた。この森には酩酊作用のあ
る霧が満ちている。そのことをピートは知らなかったし、もちろん、この森にはドラテロと呼
ばれる獰猛な肉食獣が徘徊していることも知らなかった。ピートはひっくり返ったまま瞳を閉
じ、いつしか眠り込んでしまう。夢の中でさらに眠るなんて、ちょっと変だな、とチラリ思っ
たが、そう思ったときにはもうピートは深い眠りの中に落ちていた。
 その瞬間、ピートは彼を閉じ込めていた鎧の外へするりと抜け出していた。
 キョトンとなる。
 大の字にひっくり返って眠りこけているはずなのに、気が付くと彼は二本の足で立ち、背中
を木の幹に預けて寄っかかっている。
 二本の足は蛇腹ではなかった。
 蛇腹の足を持つヘンテコな鉄の鎧は、ピートの足元に無様な姿を晒してひっくり返っている
。 どういう理由かわからないけれど、ピートはどうやら鎧の外へ抜け出すことが出来たらし
い。ピートはつま先でトンッと鎧を蹴ってみる。スルリと足は鎧を素通りした。鉄の塊につま
先が当たった、という感覚はまったくなかった。幽霊みたいに彼の足は鉄の鎧を通り抜けてし
まった。
 おや? 
 ピートは首を傾げる。しかしそれだけだ。彼はもうここが夢の中だと決めているから、手足
がほかの物体をスリ抜けてしまおうと、足が宙に浮いてフワフワ体が漂っていようと気にする
必要なんて、まるでない。そう考えて、ピートははじめて本当に自分の足が地面に触れていな
いことに気がついた。
 宙に浮いてる・・?
 それこそ本当に幽霊になっちゃったみたいに、ぼくはフワフワ宙に漂ってる。
 ピートはもう飽き飽きしているはずなのに、やっぱり少し茫然となってしまう。

(つづく)




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